平成23年6月9日 午後1時15分判決言渡し(522号法廷)

平成18年(行ウ)第285号 空港設置許可処分取消請求事件

東京地方裁判所民事第2部 川神裕(裁判長) 小海隆則 須賀康太郎

                 判 決 骨 子

1 当事者  原 告  迎里清ほか118名
       被 告  国(処分行政庁 国土交通大臣)

2 事案の概要

  本件は,沖縄県が沖縄県石垣市に設置しようとする公共の用に供する飛行場(新石垣
 空港。以下「本件空港」という。)の敷地の一部に土地を共有する者などから成る原告
 らが,処分行政庁(国土交通大臣)が平成17年12月19日に沖縄県に対してした本
 件空港の設置を許可する旨の処分(以下「本件許可処分」という。)につき,航空法(平
 成20年法律第75号による改正前のもの。以下同じ。)又は環境影響評価法(同年法
 律第75号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に違反する瑕疵があるなどとして,
 その取消しを求める事案である。

  原告らは,①当該土地を共有する者(第1原告ら)と,②本件空港の敷地内に土地を
 有するといった事情はないが,本件空港設置により自らの環境的利益(ヤエヤマコキク
 ガシラコウモリやアオサンゴのような貴重な野生生物を生存させていくという生物多様
 性を確保する環境的利益)が侵害されると訴えている者(第2原告ら)とに大別される。


3 請求

  処分行政庁(国土交通大臣)が平成17年12月19日付けで沖縄県に対してした本
 件許可処分(同日付け国空管148号)を取り消す。


4 主文

 (1)本件訴えのうち第2原告らによるものをいずれも却下する。

 (2)その余の原告ら(第1原告ら)の請求をいずれも棄却する。


5 理由の骨子

 (1)第2原告らの原告適格の有無

    本件許可処分の根拠である航空法や環境影響評価法及びそれらの関連法令によっ
  て,第2原告らが主張するような個々人の個別的利益としての環境的利益が保護され
  ているということはできず,また,これらの法令の中に,貴重な野生生物を生存させ
  ていくという生物多様性を確保することの利益を,一般的公益としての保護を超えて,

  個々人の個別的利益として保護する趣旨を含む規定が存在するとも認められない。

   第2原告らが本件許可処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」(行
  政事件訴訟法9条1項)に当たるということはできないから,第2原告らに本件訴訟
  の原告適格を認めることはできない。

 (2)滑走路等の強度の要件(航空法39条1項1号,航空法施行規則79条1項4号)
  の充足の有無

   この要件は,設置の計画において企図されている滑走路等(その基礎地盤を含む。)

  が有すべき性能としての強度が予想される航空機の予想される回数の運航に十分耐え
  るものであることを求めるものと解されるところ,本件空港の滑走路は,本件空港利
  用を予定する航空機の荷重に耐えられるものとして計画されており,また,滑走路等
  の基本施設及びそれに付帯する施設の舗装は,本件空港利用を予定する航空機のうち
  最も厚い舗装厚等を必要とする航空機の予想される回数の運行に対応する区分の設計
  基準に基づいて設置することが計画されていると認められるから,本件空港において
  設置が計画されている滑走路等は上記の要件を充足するものとした処分行政庁の判断
  に違法はない。(実際に設置される滑走路等が計画された当該強度を有するものであ
  るかどうかは,次の完成検査の際の審査事項である。)

 (3)「他人の利益」を著しく害することとならないとの要件(航空法39条1項2号)
  の充足の有無

  原告らは,航空法39条1項2号の「他人の利益」には,ヤエヤマコキクガシラコ
  ウモリやアオサンゴのような貴重な野生生物を生存させていくという生物多様性を確
  保することによる原告らの環境的利益が含まれるなどと主張するが,貴重な野生生物
  を生存させていくという生物多様性を確保することの利益を個々人の個別的利益とし
  て保護する趣旨を含む法令の規定が存在するとは認められず,原告らの個別的利益と
  してそのような環境的利益が認められるということはできない。

 本件空港予定地の土地所有者の大部分から沖縄県知事に対して譲渡同意書が提
出されていること,② 本件空港設置許可に係る公聴会において,本件空港の設置に
より自ら又は第三者の利益が害される旨を訴えた者は一人もなく,かえって,本件空
港予定地の地元である石垣市宇白保の住民自治組織の代表者を含む公述人の全員が本
件空港の設置に賛成する趣旨の公述をしたことその他の事情によれば,処分行政庁が
本件空港の設置によって他人の利益を著しく害することとならないと認めたことには
相当な理由があるということができ,その判断が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に出た
ものであるとは認めることができないから,上記要件は充足されているとした処分行
政庁の判断に違法はない。

 (4)飛行場の敷地の使用権原を確実に取得することができると認められるとの要件(航
  空法39条1項5号)の充足の有無

   敷地の一部は沖縄県が既に所有していることに加え,本件空港の敷地の大部分につ
  いて,国有財産法等の規定に基づいて取得を行う方法や,所有者から売渡しを受ける
  方法を現に採ることができ,それによってその所有権を取得することが相当程度の確
  実性をもって期待できること,譲渡同意書が提出されていない土地についても売渡し
  を受ける方法によってその所有権を取得できる可能性があること,さらに,売渡しを
  受けることができないものについては,土地収用法に基 づく土地の収用によって所有
  権取得をすることが可能であると認められることから,沖縄県は本件空港の敷地の使
  用権原を確実に取得することができると認められ,上記要件は充足されているとした
  処分行政庁の判断に違法はない。

 (5)環境影響評価法33条違反の有無

    原告らは,沖縄県が本件空港設置事業について実施した環境影響評価には,① 国
  土交通大臣の意見に対する対応がされていないといった手続違反があるほか, この環
  境影響評価は,② 赤土等流出防止対策が不十分であって,白保サンゴ礁生態系の保
  全について適切な配慮をしておらず,③ カラ・カルスト地域洞くつ群が石垣島に生
  息する小型コウモリ類の越冬・繁殖場所として重要性が高いことを見逃しているな
  ど,小型コウモリ類の保全について適切な配慮を欠くものであるのに,本件空港設置
  事業が環境の保全について適切な配慮をするものであると認めてされた本件許可処分
  は,環境影響評価法33条に反する違法なものである と主張している。

   しかし,上記①については,必ずしも原告らの主張に沿う事実を認めることができ
  ず,沖縄県の実施した環境影響評価の結果が環境の保全についての適切な配慮という
  観点から不合理であるとの帰結を来すまでの手続違反があると認めることはできな
  い。また,上記②については,本件空港設置事業における赤土等流出防止対策には,
  むしろ一応の有効性が認められ,これが不十分であると認めることはできない。さら
  に,上記③については,沖縄県の環境影響評価がコウモリ類の個体数を将来とも衰退
  させることなく維持するためには本件空港周辺のみにとどまらず石垣島全体で考慮し
  ていく視点が重要であるとする点にー応の合理性が 認められ,この視点を踏まえれば,
  むしろ,本件空港設置事業は小型コウモリ類の保全について相応の配慮をしているも
  のと認められ,小型コウモリ類の保全について適切な配慮が欠けていると認めること
  はできない。

   結局,本件空港設置事業につき環境についての適切な配慮がされるものであると認
  めた処分行政庁の判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるとは認められず,本件許
  可処分に環境影響評価法33条違反の違法は認められない。

 (6)結論

   前記(1)によれば,第2原告らの訴えは不適法である。

   また,本件の争点に関する部分を除き,本件許可処分が飛行場設置許可の要件を充
  足していることについて当事者間に争いはなく,本件の争点に関しては前記(2)から(5)
  までのとおりであるから,本件許可処分は適法であり,第1原告らの請求は理由がな
  い。